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リスン・デザイン こえびのブログ

日々感じていることをつらつらと書きます。

花と少年

 

窓辺のチューリップは

いつのまにかそこに置かれていました。

とても日当たりのよい窓辺です。

少年はその部屋に住んでいました。

 

 

チューリップはつぼみをそっと開き

花びらの隙間から

はじめて少年の顔を見ました。

 

少年はとてもやさしい瞳をしていたので

花はすっかり安心しました。

 

ももいろの可憐な花は

まるで笑いかけてくれているようで

少年は嬉しくなりました。

 

少年は花のことが大好きでした。

花も少年のことが大好きでした。

 

 

 

 

 

 

彼に仕えていたメイドが

しばらくお休みをいただくことになりました。

 

部屋はとても静かになり

鉢植えに水をやる人はいなくなりました。

 

 

 

 

 

 

なんだか喉が乾きました。

 

そういえば

花はもう何日も

水をもらっていませんでした。

 

 

 

 

 

 

花には水やりが必要だということを

少年は知りませんでした。

 

それは多くの人にとって

あまりにも当たり前のことであったばかりに

彼にそれを教える人は誰もいなかったのでした。

 

 

 

 

 

 

花への水やりはメイドにとって

たくさんある仕事のうちの

もっとも些細なもののひとつでした。

 

メイドは花のことなんて

ひとつも気にもかけていませんでした。

 

ただケトルを火にかけているあいだに

いくつかある鉢植えに

淡々と水を注ぐだけのことでしたから。

 

それでもその淡々とした仕事のひとつが

花にとっては命の水なのでした。

 

 

 

 

 

 

花はしゃべることができませんから

何とか態度で伝えようとしましたが

少年にはわからないようでした。

 

少年には

花はいつも通りに

美しく咲いているように見えました。

 

 

 

 

 

 

とても喉が渇きました。

 

土はからからになり

根っこをどこまでうんと伸ばしても

一滴の水も見当たりません。

 

葉っぱの先からすこしずつ

力が抜けていくのがわかりました。

 

もう限界かもしれません。

 

 

 

 

 

 

少年は花がしおれていることに気づき

おろおろと涙を流しました

 

どうぞ枯れないでおくれ

いつもの笑顔を見せておくれ

 

少年は花に話しかけました。

お気に入りの物語を読み聞かせ

やさしく撫でてやりました。

 

花はせいいっぱいに背伸びをして

それに応えようとしましたが

 

花びらははらはらと落ちつづけ

首がだらりと下を向き

自分がもう長くないことを悟りました。

 

 

 

 

 

 

これまで彼の目の前で

いくつの時間が

枯れていったのでしょう

 

こうして気づけばいつも

少年はひとりぼっちになっているのでした。

 

 

 

 

 

 

花の前には

少年が注いだ

コップ一杯の水が置かれていました。

 

ほんの僅かでも

そのコップの水を注いでくれたら

 

花はそう思いながら

わずかな力を振り絞って

まっすぐに立っていました。

 

 

 

 

 

 

少年の目の前で

ゆっくりゆっくりと

花は枯れてゆきました。

 

彼はうずくまって泣きました。

 

ひとりにしないでおくれ、と

わあわあと泣きました。

 

 

 

 

 

 

花もぽろぽろと涙をこぼしました。

ただ眺めていることしかできない

少年があまりにも哀れでした。

 

彼が花のことをどれほど愛しているか

花はとてもよく知っていました。

 

花もまた少年を愛していましたが

あまりにも喉がかわいていて

どうしようもありませんでした。

 

 

 

 

 

 

そうして時はすぎ

少年はまたひとりになりました。

 

すこしだけ寂しいような気もしましたが

何も失わなくていいということは

彼の心を安心させました。

 

 

 

 

 

 

なぜ花が枯れてゆくのか

少年には最後までわかりませんでした。

 

もしかしたらあのとき

何かできることがあったのだろうか

と、一瞬こころに浮かびましたが

 

花はいつか枯れてしまうものなのだから

仕方がないことだったのだと思いなおしました。

 

いつだって花はそのように

ひとりで枯れてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

暇をとっていたメイドが戻ってきて

またいつのまにか

あたらしい鉢植えが置かれていました。

 

とても日当たりの良い窓辺でした。

 

 

 

 

 

 

メイドは以前と同じように

淡々と仕事をこなしました。

 

メイドは花のことなんて

気にもかけていませんでしたが

 

毎日毎日

欠かさずに水を注いでくれました。

 

花はすくすくと大きくなり

たくさんのつぼみをつけ

季節がすっかり変わってしまうまで

可憐に咲きつづけました。