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listen こえびメモ

リスン・デザイン こえびのブログ

日々感じていることをつらつらと書きます。

It's all right.

今日からはじまる。

やるべきことをやったら、もう不安はあまりなくなった。

いい年してって友だちにはバカにされるけど、わたしはまだ高速バスをよく使う。笑

安いからってのもあるけど、わたし高速バスが走り出した瞬間の胸の高鳴りがすごく好き。

朝日がゆっくり昇る。

さて、行ってきます!

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あたらしい世界に飛び込む。

クリスマスのすこし前、京都で知らないおじさんに会った。

おもしろい学校が始まるとのうわさを聞いて、さんざん悩んだあげく、とにかくこれをやってる人に会わなきゃと思ったのだ。

おじさんというのは、世界文庫アカデミーを主催している担任の先生のことで

ご自身もデザイナーであり、アーティストでもある。

 

このアカデミーの最大の魅力は豪華な講師陣で

現役のデザイナーやアーティスト、編集長など、独自の生業を営み、第一線で活躍されている方ばかりである。

世界文庫アカデミー

 

この面接で、ちょう失礼で、悲しくなるくらいほんとうのことをズバリと指摘された。

 

「あなたがさっきから話していることの9割はムダです」

「なにをやりたくてここに来たのですか」

「そうじゃなくて、あなたが本当にやりたいことです。」

「そうじゃなくて、本当に古戎さんがやりたいことは何なのですか?」

 

シンプルな質問に答えられない。

ほんとうは分かっているし、それは自分の中に明確にある。。。のだけど、うまく掴めない。

一生懸命、話そうとしているのに、ほんとうのことがひとつも出てこなくて、自分でもびっくりした。

「それっぽい」言葉だけがさらさらと上滑りしているようで、その「それっぽい」言葉を聞きながら、情けなくて涙が出てくる。

 

だって、わたしはデザイナーなのだからデザイナーっぽいことを言わないと筋が通らないじゃないか、とか

いい年をしてそんなふわふわとしたことを考えているなんて、呆れられやしないか、とか

言葉にするまえに、「こんなこと言ったらこう思われるかも」という自動制御システムが働いてしまう。というか。

 

わたしは人の話を「聞く」のは好きで

そこから、さまざまな要素を掬いとって組み立てていく過程が好き。だからデザインという仕事が好きだ。

だけど、自分のことを人に「伝える」のは苦手で

仕事のことならわかるけど、自分のことはよくわからないし、

自分の好きなことや感じていること、ほんとうの気持ち、は、わざわざ人に言うほどのことでもない気がして、なかなか口に出せない。それに、なにか言わなきゃ、と思って出てきた言葉は、いつもすこし本当の気持ちとはずれていて、そのたびに残念な気持ちになる。

小さい頃から人と話すの苦手だったこと、ずっとコンプレックスだったことを思い出した。

あ、そうか。口でうまく表現できないから、ずっと絵を描いてたきたんだ、ということも、思い出した。

 

追いつめられて逃げ出したくなって、言葉より先に涙が出てきてしまって、ぽろぽろ泣いた。

気持ちがおちついたころ、頭の中のノイズがなくなって、やっと本音が出てきた。

(でもここに書くのはまだ恥ずかしい)

 

「なんだ、ちゃんとあるじゃないですか」

「それを言うのにこんなに時間がかかるなんて」

「うん、それは、すごく、いいとおもいますよ」

「そんなの、まだやってもないことなんだから、具体的に言えなくて当然ですよ」

 

否定されるかもとビクビクしていたのに、あっさりと。

ふわっとしたものをふわっとしたまま、受け止めてくれた。輪郭のあいまいな、いかにも抽象的な夢だけど、世の中には、それを良しと言ってくれる大人もいるらしい。

なんだ、ほんとのこと言っても、大丈夫なんだ。と思った。

 

さいごに

「ここでは、できるだけ取り繕わずに、かわいげのある古戎さんで来てください」

と、言われた。(かわいくないってことですねつまり)

ドヤ顔で(ちくしょう)(でも素直に)(がんばろうと思いました)

 

あまりにもインパクトの大きいできごとだったので、それからしばらく、気持ちは沈んだままだった。

(ご本人曰く、ふだんは穏やかな方だそう(ほんとか))

でも、ここに通おうという決意だけは固まった。

だって、わざわざ初対面でそこまで踏み込んでくるなんて、そんな面倒くさいこと。

さらさらっと、笑って、受け流した方が楽だし、そうやって生きている人のほうが多いこの世の中で。

このおじさんは、むかつくけど、信用できる人間だと思った。

同時に、デザイナーとしてほんとうに第一線でやってきた人って、

やっぱり本質を見抜くんだなと思った。

(古賀さんはアートディレクターでもあって)(くるり曽我部恵一ウラニーノなど)(大好きなバンドばかり)

 

学校は明後日から始まるけど、正直いうと、ちょっと怖い。。
なんだかすごく緊張する。
でも、この怖さは、向き合うべき怖さなんだろうなと、思う。

なにか大切なものに近づいているゆえの怖さ、というかさ。
わたしはちゃんと「かわいげ」発揮できるだろうか?
(かわいげないって女子に対して失礼だよね)

でも、ちょっと楽しみ。
どんな人に出会えるかな。

 

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調子が良くなってきたんだなっていう実感

久しぶりにたくさん本を買う。

ずっと気になってたもの、好きな作家さんの新作、
たまたま目に入った、すてきな装丁。

何年もフリーズしていた読書の時空が、急に動き出した。

調子、よくなってきたんだな。

本や映画を、前みたいに観られるようになってきたことへの喜び。

6年くらい前だったかなぁ。

友だちにたくさん本を借りたことがある。

ひと月近く借りっぱなしにしておきながら、一冊も読めずに、返したっけ。。

あのときの絶望感といったらなかった。情けなかったな。

あらゆるインプットが、苦しくて仕方なかった時期。

なにも考えられなかった時期。

 

長い時間をかけて、すこしずつ、もともとのわたしに戻っていこうとしている。

そのことがただ、たまらなく嬉しい。

想いに輪郭をつけるということ

わたしは気持ちを言葉にするのが苦手だ。
うまく言葉で言い当てることができないから、口から出た瞬間に自分の言葉に対して興ざめする。とくに焦ってすきまを埋めようとしてしまったときは最悪。
たとえば、「好き」という言葉を使ったあととか。
「好き」の裏にあまのじゃくな「嫌い」が潜んでいたり、好きのグラデーションは無限にあったりするのに、たったひとこと「すき」に纏めてしまうなんて、なんてがさつな簡略化なんだろう。
どのあたりのどのような形状をしている感情か、正確に伝えたいと思うから、自然と言葉えらびは慎重になる。

ふわふわと漂っているままに自由なかたちを描いているそれを
言葉という輪郭に当てはめるということがそもそも好きじゃない。
とても窮屈なかんじがする。

これがわたしの、言葉に対する世界観だ。

なんだかすごく、距離がある。

でも、言葉とうまくつき合っている人は、そんなふうに捉えていないことも知っている。
音楽とか、リズム、みたいな軽やかなものかもしれない。
息をするように言葉がさらさらと出てくる人は、それだけですごい才能だな、と
あこがれまじりの視線でまじまじと観察する。かっこいいよね。
まあでも、自分はそういう人には逆立ちしたってなれっこないのだ。
うまいこと言えないから、絵を描いて表現してきたのだもの。

それでも、喋るのはどうしたって得意にはならないけど、こうしてつらつらと、ゆっくりと、輪郭を試しながら言葉を書くのはきらいじゃない。
さて、ゆっくりつき合っていけばよいのではないだろうか。
せめてもうすこしだけ、距離を縮まるように。
そうだね、がんばって手を伸ばせば、肩に触れられるくらいに。

ミーハーの才能

星野源にはまっています今日このごろ。

曲にただよう生活のにおいとか、俳優としてのたたずまいとか(パンツ一丁で出てた舞台観に行ったな)好きだったけど、そういうライトな距離感じゃなく
世の中に渦巻くなにか強烈な流れに巻き込まれて、ぐっともってかれてしまったかんじ。多くの女子といっしょに。ああ。。ひらまささん。(イケメンみたいに扱われてるのは違和感あるけども)


クリエイターとしては、あこがれと同時に、あまりにも表現することに対して貪欲で、ジェラシーを感じるくらい。

人ってマインドが変わればベクトルも変わるんだな。わたしもこんなふうにパカッと脳みそを開けたらいいのに!

 

さて、ここでむりやりこじつけてみると、
デザイナーにとってミーハーさは宝だと思う。

みんながよいと思うものを、わたしもよいと思える感覚を持っているということ。

それはつまり、

どうやったら多くの人の心に届くのか、いまどういったものに人は魅力を感じるのか、といったことが感覚的に理解できるということでもある。

たしかに最近の世の中の流行りかたっていうのは気持ち悪いところもあるし、批判したくなる気持ちも多分にあるのだけど、

どこかに共感できるポイントを見つけて、賛同はしないまでも、理解しようとしていきたい。

 

上から目線で発信されたものや、押し付けがましい発信って、だいたいバレてる。

そんな広告はたくさんあるし、わたしたちは嫌悪感を感じるものを視界からシャットアウトする。

人っていらないものはほんとうに物理的に「見えなく」しちゃうんだよね。

まるで息をするように自然に。

 

だからこそ。世の中の風向きに関心を示すことは、とても大切なことだなぁ。と。

今みんながいいと思うものを、おなじように、わたしもいいと思えているならば(できれば半歩くらい先を見据えながら)

それだけで多くの人の気持ちに、届けることができると思う。

そんな気づきを新たにしながら。

 

というわけで、明日は「逃げ恥」最終回です。

かわいいは最強!

ブログという居場所

いろんなことが動きはじめて、頭のなかが騒がしい。

すべて自分で決めたことだけども、

自分で自覚してちゃんとつかまえておかなければ、

想いはさらさらと流されるまま、つかみどころなく消えてしまう。

あるいは、自分は今どこにいるのか分からなくなって、途方に暮れる瞬間がくるかもしれない。

だからわたしは、今、ここで感じていることを、言葉にしてつかまえておこうと思う。

未来の自分のための、メモ。記録。