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listen こえびメモ

リスン・デザイン こえびのブログ

日々感じていることをつらつらと書きます。

170328今日のダーリン

近ごろ調子が悪いのか便秘気味と言いますか

じぶんのなにかを表現する元気がないので今日もこんなかんじ。


今日のダーリンって天気予報みたいなのだよね

ももやもやと気になっていることが、糸井さんの視点で整理されて述べられている。

その照らし合わせで、自分の考えていることがちょっと見えてきたり。クリアになったり。


「はずれ」だと思ってたことこそ、わたしのなかでは大切な糧になっているような気がする。
そういうことを、いつか、伝えるべき誰かに伝えられたら。
「勝ち組」「負け組」なんて、ひとつの通過点をそう呼んでいるだけだしね。


・受験だとか、就職だとか、人生のなかで、
 どっちに進むのか、どっちに選ばれるのかについて、
 真剣に考えることは、何度かありますよね。

 こんなふうに落ち着いて言っているぼくは、
 高校の合格発表の前の夜に、どういうわけか、
 近所の人と家族の間のひそひそ声が耳に入って、
 「落ちたのか!」と勝手に決めて、
 布団のなかでひとり泣きしていた経験があります。
 あとで思えば、なんで近所の人が、
 おれの受験の不合格を知らせにくるんだっつーの。
 どんだけか、ばかな15歳だったんですね。
 なんでしょうか、あの「生か死か」みたいな切迫感は。

 ある学校に受かったということと、落ちたということ。
 また別の学校に入れたということ、浪人すること‥‥。
 道は、いくつかに分かれています。
 いくつかに分かれていて、それについて、
 「じぶんはどうなりたい」という希望はあると思います。
 それは、会社に入ることについても同じですよね。
 そういう局面の当事者のときには
 見えなくなることがあります。
 ぼくも、ずっと人生のらせん階段をぐるぐる回ってきて、
 「ああ、そうか」と、いまごろ気づいたことです。
 それは、あっけないくらいの、ただのほんとのことです。
 「はずれくじは、ない」ということ。
 どれにしようか、どっちにしようかというような場合、
 たしかに希望したい「当たり」はあるんです。
 だけど、その「当たり」以外が、
 「はずれ」というわけでもないんだなぁ。
 これ、わりと、見えにくいし、忘れている事実です。
 
 大事な判断というと、すぐに「天国か地獄か」とか、
 「生か死か」「成功か失敗か」「プラスかマイナスか」
 なんて、一方が正解でそれでなければ最悪と
 考えやすいんだけど、それはちがうんですよ。
 「はずれ」だと思ってたものは、「ふつう」です。
 もっとくどくどと言えば、「当たり」だって怪しい。
 「当たり」を引いたおかげで、道を失うことだってある。
 わからなくても憶えておこう「はずれくじは、ない」と。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「はずれくじ」も、何枚か集めると当たりと交換になるよ。

170323今日のダーリン

とにかく、思っているより、人生ってすぐ終わっちゃいそうだなということ。
観たい映画を、死ぬまでにすべて観ることはきっとできないだろうし
読みたい本だけを読むとしたって、きっと全部読む時間はないだろう。
キライな人やどうでもいい人の顔を見る時間よりも
大好きな人や大切にしたい人の顔を見る時間をふやしたいし
ずっと着てみたかった洋服を着ることや
ずっとしてみたかった髪型にすること
ずっと行きたかった場所にいくことや
会いたい人に会いにいくこと
そんなことを、一生懸命、したいと思った。


(毎月一度の絶賛デトックス中、瞑想状態のいま)

 


・「人生は一度だけだ。やりたいことをやれ」と、
 よく人は言うものです。
 「人生は短いぞ。やりたいことをやっておけ」と、
 こういう言い方もよくあります。
 このへんの励ましだか説教だかというものって、
 だいたいは、ただ言ってるだけのことも多いと思います。
 でも、たまに、口で言ってるだけじゃなくて、
 心からほんとに、そういうふうに思ってる人もいます。
 
 命がひとつしかないということや、
 人生があんまり長いものじゃないということを、
 つくづく感じているときというのがあって、
 そういうときには、本気で、
 「やりたいことをやって生きよう」と、
 じぶんにも言い聞かせたくなるのです。
 おそらく、大事な人と別れることになるたびに、
 それを決意するようになるのだという気がします。
 
 多くの似たような他人と比べて、横ばかり見ている。
 じぶんはまちがってないのか、たしかめてばかりいる。
 人になにか言われそうなことは、しないようにしている。
 失敗の可能性のあることは、避けている。
 目立ってはいけないと感じて、静かにしている。
 空気を変えるのが怖くて、じっとがまんをしている。
 ‥‥そういうこと、だれでもがしていると思います。
 それは、とくに悪いことではないのでしょう。
 ただ、これから生きる時間に限りがあるとしたら、
 「やりたいことをやらない」でいるというのは、
 ものすごくもったいないことをしてると思いませんか。

 考え方としてはあることはあるのでしょうが、
 人間は何度もくりかえして生きたりはできません。
 そして、何世紀にもわたって生きることもありません。
 それほどたくさんの時間を配られちゃいないのです。
 わりと早めに死んじゃったりするのです。
 ぼくは、じぶんにそのことを言い聞かせます。
 そして、ぼくのともだちにも、そう伝えたいです。
 「やりたいことをやっておこうよ」と。
 やりたくてもやれなくなっちゃった人には、
 もうそれも言ってやれませんから。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
仕事のなかにやりたいことが見つかる人は、幸せ者ですね。

ひとまず、整理しよう(やらなきゃいけないことは、いったん横においといて)

やらなきゃいけないこと、が、溜まりにたまると

頭のなかがだんだんと、ぐちゃぐちゃになっていく。

ぐちゃぐちゃの頭でアイデアを出そうとしても

ノイズがたくさん混じってちっとも集中できない。

 

仕事じゃないかたちでのアウトプットをしていないから

インプットがどんどん増えて、山積みになって、苦しい。

もう、インスタもFBもお腹いっぱいで情報は入りません、というサインが出てる。

一度外に出してやると、「このことはもう安心して忘れられるよ」と、

頭のなかがひとつきれいになる。

 

べつに誰かのために書いている訳でもないのだから、

なにも遠慮する必要もあるまいに。

 

ひとまず今のこしておきたいものは

・カルテットのこと

・ララランドのこと

・3人のカメラマンさんのこと

・セカアカの岡戸さんのことと、これからの生き方のこと

・ぞうさんのこととケッコンのこと

 

なのだけど、リストアップしただけでちょっとズシッとなった。

でも、ひとつ外に出したからすこしだけ胸がすっきりする。

 

次は仕事のほうをリストアップしよう。

確定申告もあるし、今週もきっと忙しいや。

170302今日のダーリン

正しいことは、いちばん人を傷つけるのだと思う。

それが正しければ正しいほど、逆行するものは「間違っている」ことになり

間違っているほうは、逃げ場がなくなってしまうからだ。

自分に対しても、人に対しても、あえて、逃げ場をちょっと残しておくこと。

正しいかどうかよりも、誰も悪者にならない答えを見つけることのほうが

長い目で見ると、よい方向に向かうこともあるのではないかと。



なにか解決したい問題があるとき、
 その問題の中心に中心にと向かうのは、
 まちがった方法ではないのだろうと思う。
 おそらく、ぼくもそうしていることが多い。
 ただ、それは、問題に答えが出たときに、
 みんなが「よかったね」と言いあえるような場合だけだ。
 家の改築だとか、なにかの借金だとか旅行の計画だとか。
 そういうケースでは、中心の中心で、
 「いちばんいい方法は、これだ」ということが
 見つかれば、もうそれでいい。

 そうじゃなくて、複雑にからみあった問題だとか、
 人間関係そのものになにか問題があるときには、
 いちばん中心のところに解決を求めても、
 こじれていくばかりということがある。

 それが「正解」なのかもしれないけれど、
 人と人とが反発しあうようになったり、
 慰めようのないくらい悲しい目にあう人が出てきたり、
 だれもが、それぞれに孤立していったり、
 というようなことがあるものだ。
 話せばわかるというけれど、
 話してもわかっても幸せに近づかないこともある。
 
 どうなればいいのか、の、いちばん納得のいく答えは、
 みんなが幸せになればいいということのはずで、
 逆にみんなが不幸になるような「正解」は、
 選ばないほうがいいのだと思える。

 ぼくが思うのは、正解かどうかはともかく、
 できるだけ多くの人を不幸にしないことだとか、
 できるだけ多くの人を幸せにすることだとか、
 そして忘れちゃいけない、
 「わたし」を不幸にしないということだとかを、
 よくよく考えて、そっちの方に歩みだすことだ。
 
 妥協とか、いい加減とか言われるかもしれないし、
 そんなことでいいのか、とじぶんでも思うかもしれない。
 それでも、「わたしを不幸にしない」を忘れちゃだめだ。
 いちばん近くの、生きるべきいのちは、そこにある。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
いちごのジャムを、ひさしぶりにじぶんでつくっています。

編集者という生き方

セカアカのおぼえがき

今日のセカアカ、先生は雑誌「ONKUL」編集長の安達薫さん✨✨

FUDGEから派生した雑誌で、コンセプトは「おじさん」「ハンサム」「ユニセックス」「ベーシック」。

雑誌にはめずらしくざらざらしたマットな紙に、ほとんどスミ文字だけでシンプルに組んでいる。

三栄書房が出版してる雑誌のエディトリアルデザインは、どれも余白がきれいでとても好きなのだ。よく参考にしてる媒体のひとつなのでうれしい。

 

たくさんあそんで、色んな人に会い、好きなものにフォーカスして、読者に共有していくっていう、自分の感覚を信頼していく生き方がとてもすてきだった。

編集ってなんですか?という問いに対しての答えが

なにか気にかかることをいつも考えて心に留めておくと、自然にそれに関する情報が集まってくる。だった。

こういう答えかたが、すごく編集者っぽいなっていうか、理屈じゃなくてもう、感覚というかライフワークに近いんだなって感動した。

あと、大前提が「好き」で、「楽しい」って思いながら作ることがほんとうに大切なんだっておっしゃってた。それは、すごく分かる気がする!ばんばん!

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今回はBクラスで聴講させてもらって、さいご飲み会まで参加させてもらった。

通ってる人がほんとみんな魅力的。あこがれの活版印刷のワークショップをやってる方や、サブカルチャーにくわしいお坊さん、台湾が好きすぎる方などお知り合いになれて嬉しかったです。

 

あ、あともうひとつ今日安達さんの話ききながら感じたこと。

常に、自分がつくった媒体を持ち歩いて、だれと会っても大丈夫なように準備していること。可視化したものをいつも持っておくことの大切さ。それも意識するかどうかのことなんだと思う。わたしはまだ、伝えたいという意識が甘いなぁと思った。

 

 

写真にも運動神経というものがあるんだな、と、そんな感じの。

きのうは瀬戸内市にてロケ撮影でした。
ココホレジャパンさんと、あこがれの中川正子さんと。
(緊張しすぎておなかいたかった)

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うまく言えないけど、

写真にも運動神経というものがあるんだな、と、そんな感じの。

ほんとうに絵が上手いひとがサッと描いた、迷いのない曲線のような、そんな感じの。

 

写真、カメラ、正子さん、は、もはや三位一体というか、境目もなくて

まるでひとつの道具のように、すっと、美しく佇んでいる。

 

すーっと風が吹き抜けていくみたいに心地よくて、

思わず心がふっとゆるんでしまうような。そんな人。

人も、海も、空も、光も

シャッター音に溶けて、ひとつになってしまう。

わいわいとにぎやかな笑い声の、奥の奥のほうに佇む、凜とした、静けさ。

 

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そしてなぞの、天気に見守られている感。。

撮影が終わった瞬間に、雨がパラパラ。次の撮影場所に着くころにはまた日が射して。

(よくあるんだよー。と、さして珍しくもなさそうに。シャーマンなのかな。。)

 

とにかくわたしは、今までもとてもすきだったけど

ご本人のとても屈託がなくて素直なかんじに

さらにとても好きになってしまった。


そしてディレクションと企画編集を担当されているココホレさんのさくさくっと息のあったお仕事の進め方も、細かい段取りからお話の聞き方からとても格好よくて、

夫婦でこのタッグが組めるってすごいなぁと改めて。

ぜったいによいものを作りたい。

 

 

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セカアカ(略:世界文庫アカデミー)始まったよ

セカアカのおぼえがき

先週ず〜っと忙しかったので、アウトプットできなかったぶん


2月5日
6次元ナカムラクニオさんのワークショップ、からの、新歓コンパ(自分たちでな!)
自分の中で気になるワードをわーーーっと書き出して、
それをたのしく組み合わせて、新しいことば(サービス)を作る。
新鮮な組み合わせほど、頭のなかでムクムク妄想がわき上がってたのしい!
それをただ書き出すだけじゃなくて、みんなに伝えることで、さらに輪郭が濃くなったりとか、アイデアがどんどん数珠つなぎに生まれるかんじ。

そのあとは、おおいそぎで布博2017へ行って

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ほかのクラスの方たちもいっしょに新歓コンパ(自分たちでな)へ。
お料理で夢を叶えようとしている方も数名いらっしゃって。

このためにケータリングを作ってくれたり、ケーキを焼いてくれたり、どれもこれも美味しい^^

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シンガーソングライターの方がギター片手に歌って盛り上げてくれたり、新しい形のスナックをやりたい方がまるでホステスさんみたいにつっこみ入れてたり。笑
ここにいる人だけでもずいぶんとおもしろいことができそうだなと思った。


2月12日
いか文庫「いか文庫の自己紹介〜これまでのこと、ぜんぶ話そうじゃなイカ〜」
この方たちがスーパーおもしろくって!

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本を一冊も持ってない「エア本屋」(なにそれ)
なのに、いろんな書店からフェアのオファーがひっきりなし。
しかもその仕掛けづくりがめっちゃユニークでたのしいの。
サービス精神旺盛な売り場づくり。たとえば、紙でつくったイカを店内にたくさん散らして、それをぺりっとめくるとおすすめの本と棚が書いてあるとか(本との偶然の出会いと、回遊性)

いろいろお聞きしたのだけど印象的だったやつ

「わからん詩」
詩とかよくわからん!けど、とにかくみんなで楽しもう、なイベント。その発想の広げ方がとにかくユニークでたのしいの。

詩を注文すると、詩にでてくる食べ物の写真がのったお皿がでてきて、店員が耳元でそっと詩を朗読してくれるとか。(お腹がぐーぐー鳴りそう)

谷川俊太郎さんの詩をラップする動画をひたすら観るとか(そういうスタイルがあるらしい)
高田渉さんの曲のモチーフになってる山之口獏さんの詩を、いろんなアーティストのカバーで聴くとか(とても魅力的な詩人の方)
西加奈子さんのハイテンションなエッセイを朗読しながら「!」の場面で「!」と書いたプラカードをあげるとか(よくわかんないw)

「ごはんフェス」

森下典子さんのエッセイ「いとしいたべもの」を朗読しながら、横浜崎陽軒の「シウマイ弁当」をエッセイの順番通りに食べるとか(食べる順番の黄金バランスがあるらしい)

「本音フェス」
ライブハウスで本屋がフェスを開催しちゃうとか(空気公団、空中カメラ、AR三兄弟、と「エア」なバンドをチョイス)

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唯一の心のこりは「こんにちは、おんなじ海の仲間のコエビです」って自己紹介できなかったことかな。。(わたしのばか!)